カレー曜日。
行きつけの、カウンターだけの狭い立ち飲み屋さんの日曜日は、カレー曜日、と位置付けられています。日曜日に新作のカレーを作って、お酒の友としてメニューに登場するからです。当然ライス無し、時々トースト添え。
と、さらっと書きましたが、そのカレーを毎回、手を変え品を変え、毎週新作を生み出すキッチンの女性料理人は、カレーのせいで常に頭を抱えているといった始末です。
冒頭に、さりげなく、立ち飲み屋さん、と書きましたが、ここ、重要です。立ち飲み屋さんで提供できるおつまみなんて、せいぜい200円だとか300円だとかがコアな価格帯で、その原価なんてホントにたかが知れているという現実。そして、調理時間にも物理的な制限がつきまとうと。
そんな条件の中で、「今まで作ったカレーは絶対に作らない」という勝手に自分の首を絞めるようなマイルールをつくり、ムダに悩み苦しんでいるその女性料理人の姿勢には、感動と同時に、失笑すら浮かぶほどです。
みんなが食べたいのは、フツーにおいしいカレーです。立ち飲み屋さんの常連さん達は、200円で、そんなに凝った料理を期待していないものです。
で、そんな彼女と、まぁ会話の歯車が合う僕は、いつの間にか、次のカレーをどうしようか?を一緒に考えるブレーンのようなカンジになっています。
彼女のカレーは、具材や方向性はともかく、とにかく辛いことが重要。そして、「ムダでもいいから、マズくてもいいから、とにかくヤミクモになんか工夫(実験?)したい」というチャレンジ精神と、食べる側の感情をちょいちょい無視しての制作活動に進みます。だから、当たるときは大当たりなんだけど外れる時は大外れ、という現象が当然起こるわけです。
僕を含め、厚揚げ大好き、というヒトが多いものだから、「厚揚げカレー・大辛」などというモノを作ってしまったことがありました。お、なんだかイイんじゃない?と思われるでしょ。これなんか大失敗。グズグズな肥溜めみたい。厚揚げをカレーソースで煮込んじゃダメだ。
辛くないフツーの優しいカレーが食べたいというお客様のリクエストにも対応できる彼女は、作りましたよ、フツーのカレーを。で、ニンジンがお星さまの形にくり抜いてあると。
で、メニューのボードでは、本日のカレー、「星の王子様カレー」とぬかす始末です。当然面白くも何ともありませんが、フツーのカレーを作らなきゃいけないというストレスからか、ニンジンを星の形にくり抜くという意味のない手間をかけ、星の王子さま、というコトバでラリることで現実逃避に走ったというあきれ返る行動に出たり。
でも、一緒に考えたとても美味しかったカレーもあるんですよ。チンジャオロースーカレー、とか、和風チキンささみフライカレーとか。
最初の一行、カレー曜日、というフレーズで始まりましたがなんか良くないですか?カレー曜日、ってワード。
海軍カレー、なんてのが横須賀の名物になっていますが、あれも長い航海の中で曜日の感覚がマヒするから、艦内でカレーが出されると今日は金曜日だと解る、とそんなエピソードから生まれたと聞きました。それは「カレーが出たら金曜日」という食事を通したアナウンスで「金曜日はカレー曜日」という言い方はなかったんじゃないかな。
今日は当店のカレー曜日!とか、今日は我が家のカレー曜日、とか楽しい風景が浮かびますね。
先ほど、その女性料理人からメールが来ました。「変なカレーできたで」。僕が絶対やめろといった緑色のカレーを作った模様です。
そうか、今日は3月1日、日曜日。
エッセイスト 北園 修
Photo:藤間 久子『Slowly』